約3年振りに日記が復活しました。 ただし、不定期更新です。ネタがあるときのみ更新。
ネタは主にJRバスネタ、HTML、CSSネタがほとんどの予定。 とほほなWebページをみたら、このページで晒しあげることがあります。
JR鉄道線: 113.1km, JR自動車線: 137.5km, 会社線: 2.0km
西川口→(JR:川口)→赤羽→(JR:川口・土呂・小金井)→宇都宮 →(J関[M427-91603]:水都東線:作新学院前)→JRバス関東宇都宮支店 →(徒歩)→宇都宮東武駅前→(J関:水都東線:作新学院前)→JRバス関東宇都宮支店 →(貸切[M531-85280]:作新学院前・桜十字路・宇都宮学園前)→JRバス関東宇都宮支店 →(J関:水都東線:宇都宮学園前) →宇都宮東武駅前→(関東バス)→作新学院前→JRバス関東宇都宮支店 →(回送バス)→柳田車庫→(J関:新宿マロニエ号) →新宿駅新南口→西武新宿→(西武)→高田馬場 →(JR:目白・板橋・川口)→西川口
JRバス関東宇都宮支店の M531-85280ラストランイベント に行った。
今日の支出はボンネットバスチョロQ(¥1,800)とつきたておもち(¥300)と、 イベントの支出としては過去最低だった。
収穫といえば、未乗のJR宇都宮駅以西を乗車できたこと(特に休日に1本しかない 宇都宮学園前経由に乗れた)、マロニエ号に柳田車庫から乗れたこと。 それと、悪名高いE231系クロスシートにはじめて座れたことか。
JR鉄道線: 44.8km, JR自動車線: 0km, 会社線: 0km
西川口→(JR:川口・東十条・西日暮里・鴬谷・神田・有楽町)→田町 →(JR:浜松町・神田・秋葉原・御徒町・西日暮里・上中里・川口)→西川口
うーん。FAQとかで余計なこと書かなきゃ信頼度高いままだったのに。 FAQ書いたがために記事そのものの信用も大幅ダウン。 もったいないですな。
今月末の瀬戸南線さよなら乗車の帰りのきっぷを買おうとしたら、 西川口駅マルス故障で買えなかった。中央の機械が壊れたか?
その余波か、JRハイウェイバス【空席概況】を見たら、 ドリームとよた号が上下線とも毎日満席となっていた。 繁忙期とはいえ、青春ドリーム大阪号並みの集客力はないと思う。
JR鉄道線: 44.8km(202.7km), JR自動車線: 0km(137.5km), 会社線: 0km(2.0km)
西川口→(JR:川口・東十条・西日暮里・鴬谷・神田・有楽町)→田町 →(JR:浜松町・神田・秋葉原・御徒町・西日暮里・上中里・川口)→西川口
浜松町で私が乗っていた電車(209系)がオーバーラン。 電車がバックしたのを初めてみた。
2週連続葬式ツアーのきっぷを買った。その内容は、
ラメールは2週目の東海編。瀬戸南線 最終乗車の後で東京に帰るのに使う(ラメールはまだ未乗だった)。それ以外は、 1週目の西日本編(熊野・五新・小浜・敦賀・奥能登)で使う。
周遊きっぷの「ご案内」に
「4月1日から西日本JRバスのゾーン区間は、紀伊田辺〜来栖川間です」
と書かれていて、寂しさを感じさせる。
JR鉄道線: 44.8km(247.5km), JR自動車線: 0km(137.5km), 会社線: 0km(2.0km)
西川口→(JR:川口・東十条・西日暮里・鴬谷・神田・有楽町)→田町 →(JR:浜松町・神田・秋葉原・御徒町・西日暮里・上中里・川口)→西川口
いわゆる春闘が終わった。今年はベア無しということで例年と違うのではないかと思ったが、 今年も例年通り回答指定日前日に会社が譲歩の感触を示し、当日に要求ぎりぎりの回答を示すことで めでたしめでたし、というパターンである。
ただし、今年の場合は第二幕があるので、要求通りに賃金体系の維持ができるかどうかは 不明である。
JR鉄道線: 44.8km(292.3km), JR自動車線: 0km(137.5km), 会社線: 0km(2.0km)
西川口→(JR:川口・東十条・西日暮里・鴬谷・神田・有楽町)→田町 →(JR:浜松町・神田・秋葉原・御徒町・西日暮里・上中里・川口)→西川口
が侵入したらしい。そのせいでメールシステムが止まった。
JR鉄道線: 44.8km(337.1km), JR自動車線: 0km(137.5km), 会社線: 0km(2.0km)
西川口→(JR:川口・東十条・西日暮里・鴬谷・神田・有楽町)→田町 →(JR:浜松町・神田・秋葉原・御徒町・西日暮里・上中里・川口)→西川口
普段は3ヶ月おきの購入で、JR時刻表しか買わないことが多いが、 2ヶ月連続、しかも今月はJTB版とJR版の両方を購入。
JTB版は至る所に「4月1日廃止」の文字が目立つ。 JR版は、なんと瀬戸南線 が消え去っている! 路線図では、4月1日廃止の品野〜多治見の路線がなくなっているが、 2月1日に北恵那交通に譲渡されたはずの中津川管内が黒線(JRバス)のままになっていた。
JR鉄道線: 44.8km(381.9km), JR自動車線: 0km(137.5km), 会社線: 0km(2.0km)
西川口→(JR:川口・東十条・西日暮里・鴬谷・神田・有楽町)→田町 →(JR:浜松町・神田・秋葉原・御徒町・西日暮里・上中里・川口)→西川口
17日の中京競馬11Rのファンファーレ。(私は聞き逃した)
情報源
JR鉄道線: 44.8km(426.7km), JR自動車線: 0km(137.5km), 会社線: 0km(2.0km)
西川口→(JR:川口・東十条・西日暮里・鴬谷・神田・有楽町)→田町 →(JR:浜松町・神田・秋葉原・御徒町・西日暮里・上中里・川口)→西川口
名古屋 四線会 掲示板 で横移動のエレベータなる記事があった。 そういえば、特別講議の時、東大の曽根教授がそのような話をしていたな、 と思い出してわかばネットワーク内の日記を大捜索した。 結果、1997年10月28日の曽根教授の講議のテーマは分かった。 (しかし、講議内容に触れてる人はいないのね…) ともかく、当時の講議について記録を残してくれたぷり代表様とさぷ広報部長殿に感謝。
教訓: その日の出来事を日記にまとめておくと、 将来必ず役に立つ日がやってくるので、必ず書き残しておこう。
JR鉄道線: 44.8km(471.5km), JR自動車線: 0km(137.5km), 会社線: 0km(2.0km)
西川口→(JR:川口・東十条・西日暮里・鴬谷・神田・有楽町)→田町 →(JR:浜松町・神田・秋葉原・御徒町・西日暮里・上中里・川口)→西川口
昨日発売のサンデー毎日・週刊朝日より。 2ちゃんねるの情報の正確さを思い知った。 それにしてもなんで一宮高校があんなところにあるんだ?
JR鉄道線: 0km(471.5km), JR自動車線: 0km(137.5km), 会社線: 0km(2.0km)
(乗務なし)
リニューアルしたみたいだが、あいかわらず時刻表が見づらい。 京浜東北線・南行 をiCabで見ると、407B列車が品川発大井町行きに見える (実際は東神奈川発)。 他には蒲田発が品川発に見えたり、赤羽発が西川口発に見えたりする。
原因はテーブル内で br要素を使っていること。tbody要素使ってくれ。
JR鉄道線: 62.6km(534.1km), JR自動車線: 549.4km(686.9km), 会社線: 0km(2.0km)
西川口→(JR:川口・東十条・西日暮里・鴬谷・神田・有楽町)→田町 →(JR:浜松町・神田・秋葉原・御徒町・西日暮里・上中里・川口)→西川口 →(JR:川口・東十条・西日暮里・鴬谷・神田)→東京 ・東京駅八重洲南口→(西J[748-4904]:ドリーム大阪1号)→大阪駅桜橋口
2年目論文研修のカンパニー内の発表会が諸般の事情により今日になってしまった。 そのあおりをくって4連休にできなかった。
発表を聞いた感想は、
などと思ったりした(意味不明)。
その2年目論文研修の評価はプレジデントが行うのだが、 その評価方法が「発表者を宇多田ヒカルタイプと浜崎あゆみタイプに分けて評価する」 という謎な評価方法。 当のプレジデントはモー娘。嫌いなのだが、 今回はそのことには触れなかった。 (そう言えば、モー娘。型人事とかいっていた会社 もあったな)
2年目論文研修の発表会のあおりで当初予定の4日間から3日間への短縮を余儀なくされたものの、 なんとか出発地の東京駅にたどり着いた。
21時30分過ぎ、ドリーム大阪1号の2号車が入線。西日本JRバスのヨンケーレ(748-4904)だった。 今回は西日本JRバスの乗車が主なので、それに相応しい幕開けとなった。
バスは足柄SA、静岡IC(乗降不可)、多賀SAで休憩した。他にJAみっかびで乗務員の交代を しているはずだが、寝ていて見のがした。
第1日目に続く
JR鉄道線: 388.6km(922.7km), JR自動車線: 282.2km(969.1km), 会社線: 0km(2.0km)
大阪→(JR:新大阪・(貨)大阪
梅田
・弁天町・新今宮・阪和線・紀和
/[新大阪→(貨)大阪→西九条・天王寺→和歌山市初乗車])→和歌山市
→(JR:紀勢本線)→紀伊田辺
→(西J[541-4902]:熊野線)→高尾隧道→(徒歩)→近露
→(西J[331-4474]:熊野線・湯峰温泉・川湯温泉/[宮ノ前→請川初乗車])→請川
→(西J[331-1904]:熊野線・川湯温泉)→湯峰温泉
→(西J[331-1902]:熊野線・熊野本宮・五新線)→七色
→(西J[331-1902]:五新線/[熊野本宮→新宮駅初乗車])→新宮駅
→(西J[331-1904]:五新線)→市民会館前→(徒歩)→新宮
→(JR:紀勢本線)→紀伊田辺
→(JR:紀勢本線)→新宮駅
→(西J[644-9918]:ルナメール号)→京都駅
ドリーム大阪1号は定刻よりも15分早い5:50くらいに大阪駅に到着。 ニュードリーム大阪1号や、今夜乗る予定のルナメール号も来ていたので、 撮影してから、大阪駅の建物に入る。
時刻表を見ると、新大阪発御坊行き2929Mという普通列車がある。 この列車は、貨物線を経由するので、この際に潰しておく (この区間は特急列車はたくさん走っているが、料金不要の列車は1日2往復しかない)ため、 新大阪へ向かう。
この列車で和歌山へ行く。和歌山から先は周遊ゾーンに入るため、特急列車乗り放題となる。 乗車予定のスーパーくろしお1号が来るまで時間があるため、 それまで紀勢本線の和歌山〜和歌山市を往復してすごす。
しばらく和歌山駅で待っていると、51M「スーパーくろしお1号」が到着。 これで紀伊田辺入りし、今日のメインの西日本JRバス紀伊田辺営業所管内の路線の乗り潰しにかかる。
10:00ごろ、紀伊田辺駅にJRバスが入線した、と思いきや、これは熊野古道ツアーの貸切バスらしい。 高尾隧道に向かう路線バスは、もう少し待たなければならなかった。 そして、10:15ごろに541-4902が入線。
滝尻停留所までは20人以上乗っていたが、滝尻で熊野古道ハイキングを行う人が下車し、 乗客は3分の1程度になってしまった。廃止区間となる栗栖川駅以遠は、3人ぐらいしか乗っていなかった。 バスは旧道に入り、熊野古道沿いの狭い道を走り、高尾隧道へ向かう。 結局、終点の高尾隧道まで乗ったのは私を含めて2人だった(残り1人は同業者)。
2人で高尾隧道の撮影を行った後、私は熊野古道を歩いて近露に向かうことになった (同業者の方はバスで戻るようだ)。熊野古道の入口でバスを見送り、近露まで歩いた。
高尾隧道に到着したのが11:38。本宮大社前行きのバスが近露を通るのは13:27。 運転士さんに近露まで歩いて間に合うかどうか聞いてみたら、大丈夫そうなので、熊野古道を 歩いた。かなり急いで歩いたので、あまり覚えていない。近露には30分ぐらい早く着いてしまった。 途中で食事しておけばよかったなあ。
近露では先ほど滝尻で降りた集団とすれ違った。
そして、13時半ごろ、本宮大社前行きが到着。今度は10人ちょっと乗っている。 先ほどの同業者の姿も。完乗を目指すため、請川で下車した。
請川でしばらく待つと、本宮大社前行きのJRバスがやってきた。 完乗をするためには、七色まで行く必要があるが、それまでは40分ほど時間がある。 そのため、湯峰温泉で温泉につかってひとときの休憩を行う。
「ほんまもん饅頭」を売っていたのでおみやげとして買ってから、JRバス七色行きに 乗車。乗ってる人は同業者のみ(3人)。湯峰温泉〜熊野本宮駅まで狭い山道を走り、 熊野本宮駅を通過。七色で撮影大会となった後、折り返して新宮駅行きとなる。
この新宮駅行きは山道を通らず、ずっと国道を走る。乗客は4〜5人ぐらいで、 運転士は「休日なのにこんなに人が少ないから廃止になる」と嘆いていた。
新宮駅に到着。しかし、上りだけの乗車では未乗区間が残ってしまうため、 10分ぐらい後の熊野本宮駅行きのJRバスに乗り、市民会館前まで乗車して、 廃止区間を完乗する。紀伊田辺営業所管内完乗ではないが、未乗区間は存続するため、 今回はあきらめる。
新宮駅に到着したのは17:50ぐらい。ルナメール号は23:30発なので、 それまで紀勢本線の乗り潰しを行う。 オーシャンアローで紀伊田辺まで行き、紀伊田辺で新宮行き普通列車に乗り換えて折り返す。 105系ロングシートの列車なので、辛かったが、ワンマン運転のため後ろの車両のドアが開かないため、 寒くて困ることはなかった。とにかく、これでJR西日本管内の紀勢本線の全線完乗と 新宮〜紀伊田辺の全駅踏破の称号を手にした。
こうして時間潰しをしたのち、さらに新宮駅で1時間ほど時間潰しをして、 ようやくルナメール号が入ってくる。 新宮駅では10人ほどが乗車。さらに途中駅からの乗車で、ほぼ満席状態。 これが1週間後に廃止になるバスとはとても思えない。
JR鉄道線: 269.1km(1,191.8km), JR自動車線: 0km(969.1km), 会社線: 0km(2.0km)
京都→(JR:湖西線/[近江今津→永原初乗車])→永原 →(JR:湖西線)→近江今津→(西J[547-2910]:若江線/[遠敷→小浜初乗車]) →小浜→(西J[527-9409]:名田庄線・湯岡橋経由)→小屋 →(西J[527-9409]:名田庄線・谷田部経由/[上中井→小浜初乗車])→小浜 →(西J[121-0246]:若江線)→甲ヶ崎口→(西J:[121-0246]若江線)→小浜 →(西J[547-2911]:若江線)→小浜新港→(徒歩)→小浜 →(西J[527-9409]:名田庄線・湯岡橋経由/[谷口→井上初乗車])→井上 →(西J[527-9409]:名田庄線・湯岡橋経由)→小浜 →(JR:小浜線[代行バス・レインボー観光]/[小浜→上中初乗車・ ただし、列車代行バスにつき参考記録])→十村→(JR:小浜線)→敦賀 →(西J[531-6913]:柳ヶ瀬線・刀根経由)→杉箸 →(西J[531-6913]:柳ヶ瀬線)→敦賀→(JR:北陸本線)→福井 →(JR:北陸本線)→金沢
ルナメール号はほぼ定時に到着。駅の店で食料を調達してから、京都駅構内に入る。
湖西線はフォトラリーに行った時に乗ったが、このときは新快速に乗ったため、 各駅停車はまだだった。今回は普通に乗って、永原まで行き、 永原から近江今津まで引き返してバスで小浜へ向かうことにした。 快適な117系で永原まで行き、これで湖西線全駅踏破。永原〜近江塩津間は後で特急にでも乗ろう。
フォトラリーの時にも乗った若江線で小浜に向かう。乗車したのは小浜新港行き。 3月31日に小浜新港行きは廃止されるが、今回は先に名田庄線に乗車するため、小浜で下車。
小浜から小屋行きに乗車。乗客は3人ぐらいいた、と思いきや、 小浜線代行バスと間違えて乗車した人だった。 ということで、ほとんどの区間で乗客は私のみだった。
小屋にはJRバスの車庫があった。バスは休憩したのち、小浜行きとなった。 このバスは上中井から谷田部経由となる。この谷田部経由の山道もなかなかいい味だった。
次は甲ヶ崎口行きに乗車。この路線は矢口や泊口まで行っているのだが、 矢口や泊口行きは学休日運休のため、3月31日を待たずに事実上の廃止となっている。 そのため、甲ヶ崎口までしか乗車できなかった。 甲ヶ崎口では雨のためあまり写真がとれなかった。
再び小浜に戻り、次は小浜新港行きに乗車。運転士に「小浜新港行きですが、いいのですか?」 と聞かれる。首を縦に振って乗り込む。
ほどなくして若狭フィッシャーマンズ・ワーフのそばの小浜新港停留所に到着。 ここまでまともに食事をしていないので食べようとしたが、レストランは高そうで、 時間もかかりそうなので敬遠。かわりにさざえの壷焼きを買ってしのぐ。
小浜駅まで歩いて戻り、今度は名田庄線の井上行きに乗車。 乗客は2人。あと1人は井上から大和交通の村営バスに乗り継ぐとのこと。
井上付近をうろつこうとしたら、あられが降ってきたため、結局バス車内で動けなかった。
井上から小浜まで折り返した。未乗区間が残ってしまったが、ここで小浜を後にする。 この日から小浜線の小浜〜十村が電化工事を行うため、代行バスによる運行。 西日本JRバスを期待していたが、代行バスはレインボー観光(名鉄グループ)の1台。 仕方なくこれに乗車。途中、西日本JRバスの代行バスとすれ違った。 また、十村駅にはワカサ交通・海陸観光のバスがあった。
十村駅からは小浜線に乗り、敦賀まで行く。
敦賀に到着後、うどんを食べてから、柳ヶ瀬線に乗車(杉津線は断念)。 この路線は、旧北陸本線を通り、トンネルの跡などを見ることができる。 運転士は国鉄時代、岡崎にいたことがあるそうで、そのことについて話が聞けた。 敦賀支所で路線図・時刻表を受け取る。
敦賀からは金沢まで普通列車で行く。 敦賀から福井までは寝台列車改造の419系。旅行で使うには快適だが、 ラッシュ時は辛そう。 福井で1時間近く空いたので、ソースカツ丼を食べ、金沢行きの普通に乗り、 金沢のホテルで3日ぶりにベッドでおやすみ。
3日目に続く。
JR鉄道線: 620.2km(1,812.0km), JR自動車線: 0km(969.1km), 会社線: 130.8km(132.8km)
金沢→(JR:七尾線・のと鉄道線)→穴水 →(西J[121-9417]:城山線)→穴水高校→(西J[121-9417]:城山線)→穴水 →(西J[121-9417]:奥能登本線)→宇出津駅前 →(西J[121-9416]:小木線)→松波駅前・松波 →(のと鉄道線/[珠洲→蛸島初乗車])→蛸島 →(のと鉄道線)→珠洲→(西J[338-6918]:奥能登本線)→宇出津駅前 ・宇出津→(のと鉄道線)→蛸島→(のと鉄道線)→宇出津・宇出津駅前 →(西J[338-7901]:神和住線)→上曽又 →(西J[338-7901]:神和住線)→宇出津駅前→(西J[121-9402]:奥能登本線)→瑞穂 →(西J[121-9414]:太田原線)→穴水 →(のと鉄道線・JR:七尾線)→津幡→(JR:北陸本線・信越本線・長岡・上越線・高崎線 ・さいたま新都心)→蕨
金沢のホテルを出発したのは5:00ぐらい。あたりはまだ暗い。 朝ご飯もまだ食べていない。しかし、この時間に出なければ穴水高校循環には乗れないため、 眠いのを我慢して出発する。
5:12発の七尾線始発列車(821M)に乗る。この普通列車はなんとサンダーバード型車両(681系)。 ただし、グリーン車は付いていない。後で和倉温泉発の特急として使うため、特急型車両となっている。
七尾で681系に別れを告げ、のと鉄道の穴水行きに乗り換える。 穴水駅に着いたのは8時ちょっと前だった。
穴水高校循環に乗る。行きは乗客は1人。帰りは0だった。 高校生はみな歩いて登校するらしい。 冬期のため、由比が丘は経由せず、結局奥能登地区ではここだけ未乗のまま廃線となってしまう。 前に奥能登に来た時にのと鉄道の穴水〜輪島間を乗り残してしまったみたいなことを繰り返してしまった。
121-9417はそのまま宇出津駅前行きになるようだ。 その合間に、運転士が営業所に時刻表と路線図を取りに行ってきてくれた。
乗客数人を乗せて121-9417は出発した。途中停留所で人が乗ってきて、 1型のバスの空席がほとんどなくなるぐらいとなった。
バスは宇出津駅前に到着。1時間ぐらいバスも列車もないため、ここで朝食を しようとする。しかし、店はこの時間帯はやっていないみたいで、 ○Kで買って済ませた。
1時間ほど時間を潰して、ようやく小木経由松波駅前行き(121-9416)が来る。 この路線は初乗車。海沿いの道を走るルートで、漁港の町の雰囲気をかもし出している。
松波駅からはのと鉄道で珠洲まで行く。前回の奥能登旅行では、 珠洲〜蛸島の最果ての地のみを未乗のまま残してしまったので、この機会に乗車しておく。 これでのと鉄道は全線・全駅完乗(結局、穴水〜輪島は乗らないまま廃線になってしまったが…)。
珠洲から再びJRバスで宇出津駅前へ。 海沿いを走り、フォトラリーで撮影ポイントとなっていた恋路海岸なども通り過ぎる (私には縁のない地名だが)。 松波駅から先は、先ほどの小木線と違い、ひたすら山の中の国道を走る。 乗客はほとんどの区間で私のみと、寂しい乗車だった。
宇出津駅前に到着した。このときの時間は13:20ぐらい。 しかし、次に乗る上曽又行きは16:15発で、時間は3時間もある。 この間、どう時間を潰すか、検討した。その結果、再び蛸島へ行くことにした。
急行「のと恋路号」に乗って、珠洲まで行き、そこから普通列車で蛸島まで行った。 蛸島から折り返し普通列車で再び宇出津までもどった。これで潰す時間は1時間に減った。
宇出津駅に展示してあった小学生の描いた絵を見たりしていた。 気付いたことを2、3あげると、
さらに、その絵とは別に、このような絵もあった。
ようやく16:15の上曽又行きに乗れた。 予想に反して、乗客は15人くらいいた。 途中の停留所でまとめて降りてしまい、やはり終点までいたのは私だけ。 そして、帰りは始終私1人だった。
そして、最後の乗車は、太田原線。まず、奥能登本線経由の穴水行きに乗る。 海の向こう側に雪山が見え(立山連峰か?)、印象的だった。 瑞穂で太田原経由穴水行きに乗り換える。このルートは2回目だが、 それでもやはり凄い。明るい時に行ってみたかった。
バスは山道を抜け、穴水駅に到着し、ここでJRバス奥能登地区の乗車を終了する。 穴水の駅前の店で食事をして、あとは七尾線を引き返して急行能登・上野行きに乗るだけである。
こうして、3日間のJRバス最終乗車ツアー・西日本JRバス編は幕をおろした。 来週はJR東海バスの瀬戸、そして岡崎の最終乗車となる。
JR鉄道線: 44.8km(1,856.8km), JR自動車線: 0km(969.1km), 会社線: 0km(132.8km)
西川口→(JR:川口・東十条・西日暮里・鴬谷・神田・有楽町)→田町 →(JR:浜松町・神田・秋葉原・御徒町・西日暮里・上中里・川口)→西川口
1泊3日の旅はこたえましたので、もう寝ます。
人が FrontPage で書いたページを Another HTML lint で採点していた。38点で「ふつうです」。意外に点数高かった。 もう3点低ければ「がんばりましょう」でしたが。
近所のスーパーでこの曲が流れていた。
JR鉄道線: 44.8km(1,901.6km), JR自動車線: 0km(969.1km), 会社線: 0km(132.8km)
西川口→(JR:川口・東十条・西日暮里・鴬谷・神田・有楽町)→田町 →(JR:浜松町・神田・秋葉原・御徒町・西日暮里・上中里・川口)→西川口
(休み)
JR鉄道線: 44.8km(1,946.4km), JR自動車線: 0km(969.1km), 会社線: 0km(132.8km)
西川口→(JR:川口・東十条・西日暮里・鴬谷・神田・有楽町)→田町 →(JR:浜松町・神田・秋葉原・御徒町・西日暮里・上中里・川口)→西川口
(休み)
JR鉄道線: 27.0km(1,973.4km), JR自動車線: ?km(969.1km), 会社線: 20.1km(152.9km)
西川口→(JR:川口・東十条・西日暮里・鴬谷・神田・有楽町)→田町 →(JR:浜松町)→東京・大手町→(営団:東西線)→西船橋 →(J海[744-01971]:ファンタジアなごや1号)→(自)名古屋
「ファンタジアなごや」はJR自動車線に計上するが、営業キロが不明なので、 営業キロが判明次第計上予定。
先週の西日本JRバスのお別れ乗車に続き、今週はJR東海バスのお別れ乗車。 今回は小さい時から慣れ親しんで来た岡崎のJRバスの最終バス乗車が最大の目的となる。 紀伊半島の南端から能登半島の先まで3日間で渡った先週とは異なり、今回は春日井、瀬戸、多治見、 そして岡崎と、密度の濃い移動となる。
今回も会社勤務を終えてから夜行で現地に向かい、そして現地から夜行で戻りそのまま会社に出勤する。 ただし、前回と異なる点がある。
会社を定時ぐらいで脱出し、富士銀から最後の預金引き出しを行い、 大手町で夕食を済ませたあと、出発地の西船橋へ向かう。 一昨年のJRバス関東のサンクスフェアのとき、西船橋→東陽町へは快速を使っているので、 今回は各駅停車で乗り潰しする。
今日のファンタジアなごやは、JR東海バスの車が2台でるようだ。 1号車が01年製の新車(744-01971)、2号車がこれまた00年製の車(744-0981)と、新車ばかり。 私が乗ったのは1号車。(写真がうまく撮れなかったので、2号車を掲載した)
バスは京葉線沿いを走り、東京ディズニーリゾートでさらに客をのせる。 さらに東京臨海高速鉄道沿いを走り、東京テレポートに停まる。 ここから首都高速に入る。 暗いのでルートが良く分からなかったが、13号地→高速湾岸線→高速狩場線→横浜横須賀道路→保土ヶ谷バイパス→横浜町田IC、という経路だったと思う。
JR鉄道線: 36.2km(2,009.6km), JR自動車線: 0km(969.1km), 会社線: 45.3km(198.2km)
名古屋→(JR:中央西線)→高蔵寺 →(J海[527-2904]:瀬戸西線・外之原・植物園・石尾台経由)→高蔵寺 →(JR:中央西線)→多治見 →(J海[524-2901]:瀬戸北線・下半田川・瀬戸北線・瀬戸西線)→瀬戸記念橋 →(J海[524-2901]:瀬戸南線・菱野団地・上之山3経由)→愛工大 →(J海[524-2901]:瀬戸南線・上之山団地・菱野団地経由・瀬戸西線)→瀬戸市 →(愛知環状鉄道線)→高蔵寺 →(J海[527-2903]:瀬戸西線・玉野台団地・木附・押沢台5経由 /[自衛隊前→玉野台団地→木附・押沢台口→押沢台5・初乗車]) →高蔵寺→(J海[528-5901]:瀬戸西線・水野団地経由)→瀬戸市 →(J海[528-5904]:瀬戸西線・瀬戸北線・中馬線)→片草 →(J海[528-5904]:中馬線)→上品野→(徒歩)→桑下 →(J海[527-4902]:中馬線・瀬戸北線)→古瀬戸→(徒歩)→紺屋田 →(J海[528-5904]:瀬戸北線・中馬線)→名学大→(徒歩)→上半田川口 →(J海[527-4901]:瀬戸北線)→榎戸→(J海[527-4901]:瀬戸北線)→瀬戸追分→(徒歩)→瀬戸市 →(愛知環状鉄道線)→岡崎・岡崎駅→(J海[321-8901]:瀬戸南線)→岩津天満宮
JR東海バス・瀬戸管内完乗(ただし、2002年3月31日まで)
ファンタジアなごや号が名古屋駅に到着したのは6:00ごろ。定刻より45分も早い。 売店を探しても開いているところがないようなので、そのまま中央線に乗る。
ホームに居たのは211系。その子を期待していたのでがっかり。 あきらめて211系で高蔵寺に向かう。
今月新設された玉野台循環に乗るために来たのだが、あいにく玉野台循環の始発は8時台まで ないらしい。かといって、9:00発の多治見発瀬戸追分行きまではまだ時間がある。 そのため、ミスタードーナツで朝食をとり、植物園循環線で時間をつぶす。
植物園循環線から再び中央線に乗る。今度は313系4両+211系4両。迷わずその子に乗車。 あっという間に多治見に到着。
9:00発の多治見発瀬戸追分行きに乗る。乗客は10人弱。 まだ最終便ではないのだが、親子連れ1組が同業者っぽかった。
バスは国道248号線を走り、市之倉を過ぎ、愛知県に入る。 下半田川口の交差点で右折し、下半田川の転向所で折り返す。 再び下半田川口まで戻り、右折する。ここから先はバスが全く走らなくなるので、 よく覚えておこう。
品野まであっという間に到着。品野以南はJRバスが存続する。 バスは陶器の街中を通り、瀬戸記念橋駅に到着する。 ここから、瀬戸管内の瀬戸南線廃止区間へ行くバスに乗り換える。
瀬戸記念橋こそが、現存する日本最古のJRバス駅である。 昭和5年に開業した省営自動車岡多線には、岡崎康生町・三河岩津・挙母昭和町・瀬戸記念橋 ・品野・市之倉という駅が設置されたが、瀬戸記念橋駅以外はなくなってしまった。 品野駅のあった交差点には「品野駅前」という名前が残っているが、他の場所は、 どこに駅があったのか探すのも難しい。
瀬戸記念橋駅はみどりの窓口がある。瀬戸市の中心にあり、利用も多い。 これからもがんばってほしい。 というわけで、私も瀬戸記念橋→多治見の乗車券を購入した。
しばらくして菱野団地経由の愛工大行き到着。さっき多治見から乗ってきたばかりの 524-2901だった。菱野団地まででほとんど降りてしまい、廃止区間でも乗っていたのは4人。 結局3人が終点まで乗り通し、終点到着後は3人で写真撮影会。
そして同じバスで折り返す。先のバスと少しルートが異なり、先のバスは国道経由だったのに 対して折り返しのバスは上之山団地を経由する。しかし、団地経由でもやはり乗客はなし。 菱野団地あたりから乗客が増えはじめる。
こうして瀬戸南線・瀬戸管内の廃止区間は踏破した。しかし、 残りの未踏破区間の片草や榎戸へのバスまでは時間がある。 そのため、再び高蔵寺に行き玉野台循環に乗ることにした。
瀬戸市から高蔵寺へ行くバスはしばらく無さそうなので、愛環で高蔵寺に出る。 そして玉野台循環線に乗り、瀬戸管内を踏破(もっとも、ガイドウェイバスの新路線ができてしまうため、 また乗りに行かないといけないが)。
昼食をとったあと、今度はバスで瀬戸市まで行く。 ここであらいぐまさんと遭遇。瀬戸記念橋まで行くそうだ。 あらいぐまさんはなぜか水野団地回りの瀬戸記念橋行きに乗って行った。
私は片草行きに乗車。品野駅から右折し、国道363号を走り片草へ向かう。 上品野を通過して転向場まで来たところで時間調整を行い、山奥へと走る。 廃止対象区間だが、乗客は3人ぐらいいる。今回は同業者ではなさそうだ。
終点の片草に到着し、乗客はそれぞれの家?へと散って行く。 私は片草周辺を散策して、帰りのバスの時間を待つ。 バスの時間に近くなると、おばあさんがやってきた。 少し会話をしていた。定刻を少し過ぎて瀬戸市行きのバスが来て、乗車。
名学大発のバスに乗ろうかと思い、上品野で降りて、 歩いて名古屋学院大学に行こうとする。山を一気に駆け上り、片側一車線の道に出たまでは よかったが、名古屋学院大学が左にあるか右にあるか分からなかった。 結局左に行ったところ、桑下停留所にたどり着いた。しまった、右だったかと思ったが、 もう遅い。今から戻っても間に合わないだろう。ここで名学大発のバスを待ち、 そのまま瀬戸市街へと向かう。
このままでは名学大行きに乗らないまま廃止を迎えてしまうので、 途中で名学大行きに乗り換えて、名学大から歩いて上半田川に出る作戦をたてる。 先の失敗を繰り返さないため、コンビニで地図を見て入念に計画を立てた。 そして、紺屋田から名学大行きに乗車。
名学大は春休み期間中のせいか、人気がなかった。 写真を撮影後、人気がない名学大付近の道を歩き、10分ほどで榎戸行きのバスの走る道へ着いた。 出たところは、上半田川と榎戸のちょうど中間あたり。私は上半田川に向かって歩く。
上半田川に着こうとしたとき、一台の車が上半田川のバス停前に停車。 車から人が降りて時刻表を確認したと思ったら、また車に乗って国道方面へと向かって行った。 そのすぐあとに私が上半田川停留所につき、写真撮影。時刻表を確認したが、 榎戸行きの時刻表がない。こんなところから榎戸行きに乗ろうとする乗客はいないだろうから、 客扱いしない可能性があると思い、国道の上半田川口に向かうことにした。 時間は10分ちょっとで、間に合うかどうか微妙だったが、走って行けば間に合うかも知れない。
なんとかバスが通る3分ぐらい前に上半田川口に到着。そこでは、 さっき上半田川で見た人が写真を撮ろうとしていた。 私は上半田川口に停車しようとする榎戸行き527-4901を撮影後、乗車。
乗客は5人ほどで、もちろん全員同業者。 さっきは走っていたため落ち着いて見れなかった田園風景を見て、 榎戸に到着。榎戸は相変わらず何もないところだ。 方向幕が榎戸行きのまま撮影大会。なぜか撮影大会参加者は乗客よりも多かった気がした。
これで(日祝日しか運行しない)岩屋堂温泉以外の廃止路線にすべて乗車したので、 あとは実家に帰るだけとなった。榎戸発瀬戸市行きのバスで瀬戸追分の瀬戸営業センターに行き 時刻表をもらってから、歩いて瀬戸市駅に行った。 そして愛知環状鉄道で岡崎まで行く。通常は三河上郷からJRバスに乗るのだが、 そうすると1時間近く待つことになるため、岡崎駅まで行ってJRバスで実家に戻る。 しかし、実家帰りにJRバスの一般路線が使えるのも、明日までである。
JR鉄道線: 40.1km(2,049.7km), JR自動車線: 0km(969.1km), 会社線: 56.8km(255.0km)
岩津天満宮→(J海[324-3903]:瀬戸南線)→三河上郷駅 ・三河上郷→(愛知環状鉄道線)→瀬戸市 →(J海[524-2902]:瀬戸西線・瀬戸北線)→岩屋堂温泉 →(J海[524-2902]:瀬戸北線・瀬戸西線)→瀬戸市 →(愛知環状鉄道線)→三河上郷 ・三河上郷駅→(J海[327-3901]・瀬戸南線)→三河岩津→(徒歩)→東名岩津 →(J海[528-7902]:瀬戸南線)→岡崎駅→(J海[528-7902]:瀬戸南線)→東名岩津 →(J海[528-7902]:瀬戸南線)→岡崎駅・岡崎駅前→(名古屋鉄道(バス):岡崎市内線)→北羽根 →(徒歩)→岡崎→(JR:東海道本線)→名古屋・(自)名古屋→(京浜急行(バス):ラメール2号) →横浜駅
ラメール2号は乗車当日全線京浜急行の運行だったため、 JR自動車線に計上しない。
ついに3月31日となってしまった。今日をもって、全国各地で数多くのバス路線が消える。
JRバスでは、先週訪れた西日本JRバス管内では、
が姿を消す。南は和歌山県、北は能登半島の先端部分にまたがっているので、 結局訪れることのできなかった場所も多い。
JR東海バス管内は、
が廃止となる。すでに廃止された(自)名古屋−瀬戸追分と中津川管内も含めて、 最終的には一般路線の8割が廃止になる。
岩屋堂温泉行きは日祝日のみしか運行されないため、昨日は乗車できずに残ってしまった。 そこで、瀬戸管内は岩屋堂温泉最終バスに乗り、そのまま岡崎へ戻り、最終バスに乗ることにする。
この場合、実家を出るのは14時ちょっと前でよくなる。その間、 自分の部屋の整理をする。古い教科書がたくさんあったが、これは将来使わないとは 言えないので、とっておく。ただ、大量にプリント類が残っていて、これは 残しても使えそうになかったので、処分した。
岩屋堂温泉の最終バスに乗って岡崎に帰ってくるころには、暗くなっていそうなので、 明るいうちに写真をとっておこうと、13時30分ごろに家を出る。 狙うのは自分が乗る三河上郷駅行きの1つ前の東名岩津行きだ。 しかし、案の定、定刻になってもやってこない。殿橋あたりで花見渋滞に引っ掛かっているのだろう。 15分ぐらい遅れてやっと来た。
この分だと、三河上郷駅行きも大幅に遅れてくるに違いない。 と思ったが、5分程度の遅れで済んだ。なんとか予定通りの列車に乗れそうだ。
もうすでに廃止代替バスとなる名鉄バスのポールが準備されている(岩津天満宮停留所にて)
写真撮影を済ませて、三河上郷のホームへ上る。複線化工事によって新しくできたホームの方だ。 ここでB10Mさんと遭遇。目的地はやはり瀬戸らしい。ただし、私と違い、 多治見行きのバスに乗るらしい。愛環の車内にて17日にあったあやしいツアーの写真を見せてもらう。
岩屋堂温泉行き最終バスは多治見行き最終バスよりも先に出発する。 B10Mさんが見送る中、岩屋堂温泉行き最終バスは旅立った。 品野本町まで行ったところで最期の右折をする。窯下といういかにも瀬戸らしい名前の停留所を通り、 バスは脇道へと入って行く。そして、この路線に似つかわしくない高架橋(名古屋瀬戸道路)の 下を通り、バスは岩屋堂温泉に到着した。
乗客は6人で、JR東海バスの制服を着た人が一人いた以外は全員同業者。 岩屋堂温泉は桜が満開で、これを見に車で来た観光客も多かった。 そんな中、桜をそっちのけでバスを中心にした撮影大会が始まる。 バスの運転士ともう一人のJR東海バス社員も含めて最後の撮影をした。 これはバスが出発するまで30分間ぐらい続いた。
このバスで瀬戸市まで戻り、再び愛環で三河上郷まで行く。 瀬戸南線時刻表 の作成者として、この路線の終焉を見届けたい。
三河上郷駅にたどりついた。複線化はされたが、車掌がきっぷを回収するのは変わらない。 駅前にはまだバスはいない。桜渋滞で遅れているのだろう。
10分ぐらいして、ようやくバスが到着した。三河上郷駅でJRバスを見るのはもうこれが最後になる。 いままで瀬戸や中津川に行くのに何度もお世話になった。 これで最後と思うと、悲しくなってくる。 4月からは名鉄が代替運行するが、時刻表を見てがっかりした。このダイヤでは使えない。
バスは三河上郷駅を出発した。もうあたりは暗くなりはじめていた。 三河岩津で降りて、東名岩津へ走る。物心ついたころからこの道を走る国鉄バス、そして JRバスを見てきた。15年前、JR時代の幕開けを感じたのも岩津天満宮停留所であった。 最期の日が来ようとは想像だにしなかった。
そんなことを考えながら、東名岩津にたどり着いた。 すでに岡崎駅行きのバスがいた。東名ハイウェイバスの時刻表もいつもと変わらず立っていた。
このバスの出発時刻より前に東名岩津に到着するバスは、定刻になっても来ない。 バスは到着しないまま、私の乗った528-7902は東名岩津を出発した。 客は乗ってこない。停留所に人は待っているのだが、みんな後続の名鉄バスに乗ってしまう。 そんなことで、車内の客はほとんど入れ替わらずに終点の岡崎駅に到着した。 駅前でタコ焼きを補充する。
岡崎駅についたバスは、駅構内の転向場に入る。そして、方向幕を「東名岩津」にする。 このバスが岡崎営業所の最終バスとなるのか…。 岡崎駅のポールには、誰が貼ったのか、 「JRバスさん、長い間ご苦労さまでした。ありがとう!」 という紙が貼られていた。時刻表には、平日54本、休日40本のバスの時刻表が書かれている。 これが明日からなくなってしまうのだ。 しかし、ドリームとよた号は残るので、岡崎駅と康生町のポールは残るだろう。
19時21分に三河上郷駅行きの最終バスを見送る。あと30分で岡崎駅からの最終バスも出発する。 転向場では写真撮影が始まっていた。自分もその様子を見に行く。
いよいよ19時51分になった。「さようなら、JRバス瀬戸南線」と先頭にシールを貼ったバスが 岡崎駅を出発した。 乗客はなんと20人以上!
乗客の中には以前田口でのバスツアーでお会いした路線図コムさんがいた。 そして、N大のK助教授もいた。 K助教授とはN大在学中にメールでやり取りしたことがあったが、直接会ったことはなかった。
路線図コムさんとK助教授は絶妙なコンビで、この2人のうち1人を欠くとだめになってしまう。 両者のサイトの関係も、互いに不足点を補完する形になっている。 バスの車内でもその様子が見られた。
路線図コムさんは、都合のいいときにK助教授を「K先生」と呼ぶらしい。 それをK助教授はかわす、という形になっている。 K助教授は以前は助手で、1年ほど前にWebページを見たら「助教授」に変わっていたので、 名刺を頂いたときに「いつのまにか、助教授になられたのですね」と私が言うと、 「いつのまにかね。大した研究してないのに」と(もちろん、そんなことはないと思いますが)。 私は研究できないでN大を逃げ出したので苦笑いしていたら、K助教授に気付かれてしまった。
バスは殿橋を渡る。岡崎公園の桜は満開で、花見客がそこらじゅうにあふれていた。 桜がJRバスの最終日に合わせたかのようだった。 そのかわり、来週の家康行列は葉桜の中で行われることになるのだが…。
康生町で花見客数人が下車する。それでも客はほとんど減らない。 いつもなら、大樹寺までには客が降りてしまって、岩津天満宮まで1人ということが 多いが、大樹寺を過ぎても18人ぐらいの客がいる。
そして岩津天満宮まで来たとき、停留所に人陰が見えた(3人)。 もしや、と思ったら、予想通り、B10Mさんだった。 瀬戸市駅で別れてから、多治見に行き、JR中央線、愛環そして三河上郷駅発の最終バスに乗って 来たとのことだった。
岩津天満宮から数十メートル走ったところで県道39号線を離れ、東名岩津へと続く道に入る。 岩津団地を過ぎ、終点の東名岩津に到着した。 乗客はバスを取り囲んで撮影。方向幕を三河上郷行きにして、また撮影。
あっというまに発車時間になる。 省営自動車の日本で最初の路線として誕生して以来、71余年にわたって岡崎の地を走り続けてきた このバスも、この東名岩津発岡崎駅行きが最後となる。そのバスが東名岩津を出発した。
よく名鉄バスでこのバスとすれ違っていたが、この最終バスに乗客が乗っていたのは 見たことがない。しかし、今日は20人もの乗客を乗せて走る。
そのうち、伊賀川に差しかかる。岡崎の桜といえば岡崎公園の桜が有名だが、 私は伊賀川堤の桜の方が気にいっている。毎年ここに桜見に来ていた。
私がJRバスにはまるきっかけになったのは、JRバス10周年企画として行われた バス旅フォトラリーだった。全国70の路線のバス停の写真を撮り、 全路線を踏破すると抽選でバス一台が当たる(実際には7台出た)、 という企画だった。私は予算不足で54線区止まりだったが、全国各地を旅行した。 この企画にめぐりあえたのも、東名ハイウェイバスの存在(東名岩津が撮影ポイントの1つだった)、 そして岡崎のJRバス瀬戸南線(康生町・伊賀町・東名岩津および岩津天満宮が撮影ポイントだった) があったからであろう。
バスは再び桜に囲まれた殿橋を渡る。どの停留所からも乗ってくる人はいない。 客が入れ替わらないまま、ついに終点の一つ前の北羽根停留所を通過した。 運転士が 「71年間にわたりご利用いただき、ありがとうございました。 明日からは、岡崎営業所は貸切専門の営業所としてがんばります」 とアナウンスすると、車内に拍手が沸き起こった。 路線図コムさんは、「今まで数多くの廃止路線に乗ってきたが、拍手が起こったのは初めてだ。 なぜなら、乗客が1人しかいなかったから」と感想を述べた。
最終バスが岡崎駅に到着したあと、B10MさんとJRバス岡崎営業所を訪ねた。 バスは瀬戸や美濃白鳥などに行くということ(一部は廃車)、 乗務員は貸切営業所として生まれ変わる岡崎営業所に残るもの、 瀬戸営業所などに転属となるもの、あるいは今日限りで辞めていくものもいるそうである…。
岡崎駅からJRの211系普通電車で名古屋まで行き、4列シートのラメール号で横浜に向かった。